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問うことの彼方

作曲をライフワークとしエンジニアで生計をたてている者です。音楽のこと、社会のこと、人間のこと、科学のことなど、あらゆる事に問いを立てていきます。

創造における伝統

創造 芸術

「伝統」について考えたい。

 伝統とは過去につくられた方法論が現在にまで伝えられたものであって、それには口承伝達のように曖昧性を伴う場合もあれば、テクストに落とし込まれ誰もがそれを現在において参照・解読でき、共有概念として広く議論できる場合もある。

 このように伝統といっても、過去のものとの再現性や同一性、その分析によって得られた体系化のための知識集積の程度には幅がある。おそらく前者の場合には、方法が客観化されている程度が弱いため、これを伝統というためには方法よりも結果(芸術であれば作品、科学であれば研究成果)の同一性や再現性に重きが置かれ、後者の場合は、おそらく方法が客観化されている程度が高く、また汎用性の獲得に向かうきらいがあるため、結果よりも方法の体系化に重点が置かれることになるであろう。

 ところで、真の創造を望む人々というのは、「伝統とは固定化された枠組みを与えるものだから自分の創造性を阻むものである」などということは決して考えないものである。創造について深遠なる世界にはまり込んで行くにしたがい、伝統のなかから新たな可能性への発見があるはずであるし、現にある、という考えを強くするだろう。また新しいものを次々に生み出す人に限って、伝統的なものへの敬意や愛情が強いといったことが少なくない。

 ただしその創造者にとっては、ある伝統の枠組みは、過去において実践的に生み出された、まさにその現場の生きた方法の習得が大切なのではない。「過去のもの」とされがちな伝統も、それについて考えたり、適用すべきかを検討したり、実際に伝統を現在の何かに多く取り入れるか、あるいは全く取り入れないかを決めたときには、すでに「現在」における方法論体系に関する議論となるのである。

 過去の方法論体系は、それが方法である以上、何かの目的達成のための近道を例示するくらいのものであり、それだけでなく、その過去の体系は過去の時点での文脈において生きた価値を持つものであったはずである。そのように伝統に不可分な過去の文脈が現在に再現できないくらいに複雑性とディティールに富むものであればあるほど、現在において伝統を重んじることとは、現在の文脈に照らされた現在の伝統的要素への思索を意味するのである。

 このような点から、伝統を重んじることは過去を極めて精緻に再現することであるという立場は、本質的に伝統への解釈につまづいていることの表れである。わかりやすく言えば、伝統尊重の立場は懐古趣味とは全く異なるのである。伝統への深い理解のためには、単に過去の「再現」ではなく、再現不可能な過去から、現に「いま」を彩る「現在への媒介物」としての性質に着目しなければならないと思うのである。